大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9820号 判決 1975年10月27日

原告 小野田真三

右訴訟代理人弁護士 綿引光義

被告 近藤武

<ほか四名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 山本真一

同 倉内節子

右被告ら訴訟復代理人弁護士 小池振一郎

同 原田敬三

主文

一(1)  原告と被告近藤武との間において、別紙目録(一)記載の土地の一箇月の賃料が、昭和四八年七月一日以降は金二万〇七三六円であることを、

(2)  原告と被告吉岡義二との間において、同目録(二)記載の土地の一箇月の賃料が、昭和四八年七月一日以降は金一万七三七九円であることを、

(3)  原告と被告小林末夫との間において、同目録(三)記載の土地の一箇月の賃料が、昭和四八年七月一日以降は金二万一七六二円であることを、

(4)  原告と被告川中正夫との間において、同目録(四)記載の土地の一箇月の賃料が昭和四八年七月一日以降は金一万一六一〇円であることを、

(5)  原告と被告川中公との間において、別紙目録(五)記載の土地の一箇月の賃料が昭和四八年七月一日以降は金五四一二円であることを、それぞれ確認する。

二  原告に対し、

(1)  被告近藤武は、昭和四八年七月一日から前項(1)記載の賃料の確定されるまで、一箇月につき金八七三六円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

(2)  被告吉岡義二は、昭和四八年七月一日から前項(2)記載の賃料の確定されるまで、一箇月につき金七八七五円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

(3)  被告小林末夫は、昭和四八年七月一日から前項(3)記載の賃料の確定されるまで、一箇月につき金九四七七円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

(4)  被告川中正夫は、昭和四八年七月一日から前項(4)記載の賃料の確定されるまで、一箇月につき金四七四四円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

(5)  被告川中公は、昭和四八年七月一日から前項(5)記載の賃料の確定されるまで、一箇月につき金二二二一円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  この判決は主文第二項に限り、仮に執行することができる。

五  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(一)(1)  原告と被告近藤武との間において、別紙目録(一)記載の土地の一箇月の賃料が、(イ)昭和四七年九月一日以降は金二万〇七三六円、(ロ)昭和四八年七月一日以降は金二万九七〇〇円であることを、

(2)  原告と被告吉岡義二との間において、同目録(二)記載の土地の一箇月の賃料が、(イ)昭和四七年九月一日以降は金一万七三七九円、(ロ)昭和四八年七月一日以降は金二万四八九三円であることを、

(3)  原告と被告小林末夫との間において、同目録(三)記載の土地の一箇月の賃料が、(イ)昭和四七年九月一日以降は金二万一七六二円、(ロ)昭和四八年七月一日以降は金二万九一三三円であることを、

(4)  原告と被告川中正夫との間において、同目録(四)記載の土地の一箇月の賃料が、(イ)昭和四七年九月一日以降は金一万一六一〇円、(ロ)昭和四八年七月一日以降は金一万五五四二円であることを、

(5)  原告と被告川中公との間において、同目録(五)記載の土地の一箇月の賃料が、(イ)昭和四七年九月一日以降は金五三九五円、(ロ)昭和四八年七月一日以降は金七二二三円であることを

それぞれ確認する。

(二)  原告に対し、

(1) 被告近藤武は、前項(1)(イ)及び(ロ)記載の各賃料の確定されるまで、昭和四七年九月から昭和四八年六月までの分につき一箇月あたり金八七三六円、同年七月以降の分につき一箇月あたり金一万七七〇〇円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

(2) 被告吉岡義二は、前項(2)(イ)及び(ロ)記載の各賃料の確定されるまで、昭和四七年九月から昭和四八年六月までの分につき一箇月あたり金七八七五円、同年七月以降の分につき一箇月あたり金一万五三八九円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

(3) 被告小林末夫は、前項(3)(イ)及び(ロ)記載の各賃料の確定されるまで、昭和四七年九月から昭和四八年六月までの分につき一箇月あたり金九四七七円、同年七月以降の分につき一箇月あたり金一万六八四八円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

(4) 被告川中正夫は、前項(4)(イ)及び(ロ)記載の各賃料の確定されるまで、昭和四七年九月から昭和四八年六月までの分につき一箇月あたり金四七四四円、同年七月以降の分につき一箇月あたり金八六七六円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

(5) 被告川中公は、前項(5)(イ)及び(ロ)記載の各賃料の確定されるまで、昭和四七年九月から昭和四八年六月までの分につき一箇月あたり金二二〇四円、同年七月以降の分につき一箇月あたり金四〇三二円及びこれらに対する毎翌月一日以降その支払の済むまで年一割の割合による金員の支払をせよ。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(四)  第(二)項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

土地賃貸借契約について

請求原因第(一)項中、(1)・(4)・(5)記載の事実及び(2)・(3)のうち、以下に判断する事項以外の諸点については当事者間に争いがない。

原告と被告吉岡との間の第二土地の賃貸借の開始時については、≪証拠省略≫によれば、原告の主張通り昭和三三年一〇月一日であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告と被告小林との間における第三土地の賃貸借契約の目的については、弁論の全趣旨に徴して建物所有を目的とするものであることは疑いないところ、≪証拠省略≫によっても、右賃貸借契約が堅固な建物の所有を目的としたものか、堅固でない建物の所有を目的としたものか必ずしも明らかでない。しかしながら右第三土地と一筆の土地(東京都新宿区中井二丁目二一二八番)内にある第四土地及び第五土地については≪証拠省略≫によって堅固でない建物所有を目的としたものであることが認められ、他方第三土地についても堅固な建物所有を目的としたものであると認めるべき証拠は何ら存しないから、結局その賃貸借契約は堅固でない建物の所有を目的とするものであると認定するのが相当である。

なお原告先代から原告への相続及び賃貸人としての地位の承継の詳細についてはこれを判断するに足りる証拠がないが、現在原告と被告小林との間に第三土地について賃貸借関係が存続し、昭和四六年来の段階における賃料は一箇月一万〇五三〇円であったが、翌昭和四七年以降は原告の賃料請求に被告小林は応ぜず、一箇月一万二二八五円の割合で供託を続けていることは前述の通り同被告もこれを認めているところである。

請求原因第(二)項及び同第(七)項記載の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

第二賃料値上請求について

(1)  請求原因第(三)項ないし同第(五)項及び同第(六)項(1)記載の事実については、すべて当事者間に争いがない。

(2)  そこで原告の本件賃料値上請求の当否について検討する。

原告は、地代家賃統制令は地代額を統制して弱小賃借人の生活の安定を図るという社会政策的目的の下に制定されたものであり、従ってこれによって算出された公定賃料は右の如き弱小賃借人ですらこれを甘受せねばならない最低額であり、これは国家が地価の値上り等経済全体を総合的に判断して客観的に算出した額であるから、地代家賃統制令の保護を受けない者はなおさらこれを認めなければならない筋合である旨主張するので、まず右見解の当否から検討することとする。

地代家賃統制令(昭和二一年勅令第四四三号)の立法趣旨が地代及び家賃を統制して国民生活の安定を図ることを目的とするものであることは、その第一条によって明らかであり、建設大臣は同第五条第一項によって地代の停止統制額又は認可統制額に代るべき額を定めることができ、而して前記の目的を達するため、貸主がこの統制額を超えて地代を受領することは同第三条によって禁止されている。

してみれば、地代家賃統制令によって定められる統制賃料は授受し得る賃料の上限を定めたものであり、原告主張の如く賃料の下限を画するものでないことは明らかである。もっとも従来の統制賃料は極めて低い額に押えられていて一般賃料との間に格差を生じていたため、地代家賃統制令の適用のある土地の場合には、地主が統制賃料の限度一杯の賃料を請求することにも一応の合理性があるから、統制賃料が、賃料の上限を画すると共に、事実上の公定賃料として下限を規定するという性格をも有するに至ったとしても理解し得るところであり、事実少なくとも東京都内では戦後このような事態が継続していたことは、当裁判所にも職務上顕著である。

しかしながら、昭和四六年建設大臣告示第二一六一号によって統制額の算出方法が改正された後にあっては、右改正は統制賃料額のうち固定資産税課税標準額にスライドさせる比率を従来の一〇〇〇分の二二から一挙に一〇〇〇分の五〇へと二倍以上の引上をなしたものであり、もはや現段階においては右に見たような事態を支えていた統制賃料の性格が失われ、それ以上の額の授受を許さないという本来の色彩をとり戻したものと見得るのであるから、事実上の公定賃料として賃料の下限を画する結果になっていたという従来の慣行をもってこれを論ずるのは相当でないと言わなければならない。

賃料は土地を元本とする法定果実であるから元本たる土地の地価の上昇に即応すべきであると原告は主張するが、地価を決定する要素とその過程は甚だ複雑であって一義的に論ずることのできないものであるから、固定資産課税標準額に固定資産税額及び都市計画税額を加算して機械的に算出される現行方式の統制賃料が、これ以下の賃料では不当となるところの経済全体を総合的に判断して得られた客観的な額であるとは言い得ないのみならず、およそ地価なるものは売買その他の取引を離れては考えられないものであり、殊に本件第一土地ないし第五土地の如く少なくとも一〇年以上にわたって建物所有の目的をもって賃貸借の目的物に供されている土地については、その地価なるものを考えることは容易でない。従って「地価上昇」の一事をもって直ちに賃料の増額に結びつけることができるとは言い難い。

また原告は、統制賃料は資本利回り率を五%としているに過ぎないから、銀行金利・株式配当率等と比較して低すぎるものであるという。しかしながら、およそ宅地なるものは人間生活に欠かせないものでありながら非増殖性、稀少性という特色を有する特殊な不動産であること被告主張の通りであり、わが国においては殊にその不足が顕著である。これ国家の適切な土地政策が不可欠とされる所以である。即ち土地はその他の資本運用手段とはその性格を異にしており、銀行金利・株式配当率等とその利回りを算術的に比較してその高低を論ずるのは相当でない。なお民事法定利率は年五%、商事法定利率は年六%に過ぎないところ、現行統制賃料は、固定資産税課税標準額がいわゆる時価より安いものとされているとはいえ、固定資産税及び都市計画税の金額をすべて統制賃料の額内に組み入れて借地人の負担とした上、更に地主に五%の利回りを保証する結果になっているのであり、他方普通預金の金利は銀行において年三%、郵便貯金において年四・三二%に過ぎない(これらの事実は当裁判所に顕著である。)ことも考え合わすべきである。

以上の次第であるから、地代家賃統制令の適用のある土地においても統制賃料が公定賃料としての機能を果すと解することはできず、まして本件第一土地ないし第五土地の如く地代家賃統制令の適用がない土地の場合においては、右統制賃料が賃料の下限を画するという原告の主張は失当である。なお以上の通り、地代家賃統制令による統制賃料はその上限を定めたに過ぎないものであるから、前記の建設大臣告示が地代家賃統制令の本来の趣旨に反して無効である旨の被告の主張はもとより理由がない。

結局、本件賃料は借地法第一二条第一項の規定する諸般の事情を総合的に考量して定める他はない。

(3)  原告が被告らに対して昭和四七年八月になした賃料値上請求は、一坪当りの一箇月の賃料を、東京都新宿区中井二丁目二一二九番一の土地については一九二円、同二一二八番の土地については一八六円に値上することを求めるものである。しかし≪証拠省略≫によれば、同年度における近隣の土地の賃料の一端を知り得るところ(≪証拠省略≫にある「新宿区中落合」が本件第一土地ないし第五土地の存する同区中井の隣接地区であることは公知の事実として当裁判所に顕著である。)、それらはせいぜい一三〇円ないし一五〇円程度のものであることが認められるから、右一九二円及び一八六円という金額は、近隣の土地の賃貸借についてのその他の事情が明らかでないにせよ高すぎる嫌いがあることを免れない。他方被告らが昭和四七年九月一日から供託している賃料について一坪・一箇月あたりの金額を算出すると一一〇円前後となるところ、本件各土地の利用状況などを考慮するとその額が右近隣の土地の賃料と比較してさほど不相当なものとも思われない。結局原告が昭和四七年八月に被告らに対してなした賃料値上請求はその効力を生じないものというべきである。

次に原告が昭和四八年六月に被告らに対してなした賃料値上請求について検討すると、これは一坪・一箇月あたりの賃料を、前記二一二九番一の土地については二七五円、二一二八番の土地については二四九円に値上することを求めるものである。しかし≪証拠省略≫によれば、この年度における近隣の土地の賃料は一坪・一箇月あたりせいぜい二二〇円程度のものであるから、原告の請求はやはり高きに失するものと言えよう。他方この年度においては、固定資産税及び都市計画税の一坪・一箇月あたりの合計税額を計算すると、二一二九番一の土地については八四円、二一二八番の土地については七三円となるところ、被告らの供託している一坪・一箇月あたり一一〇円前後の賃料は右税額や先の近隣賃料額と比較していかにも安すぎ、即ち地主たる原告の負担が重すぎるということになる。而してこの段階において原告が昭和四七年八月の値上請求で提示した二一二九番一の土地について一坪・一箇月あたり一九二円、二一二八番の土地において一坪・一箇月あたり一八六円という額を検討してみると、これらの額は≪証拠省略≫によってうかがわれる近隣の土地の賃料の一部と比較するとこれらをやや下回る程度の額となるが、賃貸借のその他の要素や各賃料がこれらの額に値上された時点での事情等が必ずしも明らかでないにせよ、本件第一土地ないし第五土地の賃料が前記一九二円(二一二九番一)及び一八六円(二一二八番)を下回る理由はないものと考えられるから、結局以上の資料によって判断する他ない本件としては、一坪・一箇月あたりの賃料はこの額をもって相当と認められる。従って当裁判所は、原告の被告らに対する昭和四八年六月の賃料値上請求は以上の限度で効力を生じているものと考える。なお二一二九番一の土地と二一二八番の土地の間で賃料に相違が存するのは、双方の税負担の相違が反映しているためであるから、已むを得ないものである。

結局第一土地ないし第五土地の面積に応じて一箇月の賃料を算出すると、第一土地については金二万〇七三六円、第二土地については金一万七三七九円、第三土地については金二万一七六二円、第四土地については金一万一六一〇円及び第五土地については金五四一二円となり、被告らの供託している賃料は、昭和四八年七月一日以降は一箇月につき、右賃料との一箇月あたりの差額、即ち第一土地については金八七三六円、第二土地については金七八七四円、第三土地については金九四七七円、第四土地については金四七四四円及び第五土地については金二二二一円がそれぞれ不足している筋合である。(なお第五土地について原告が昭和四七年八月の値上請求の結果として求めた賃料五三九五円及び供託賃料との差額二二〇四円はそれぞれ五四一二円、二二二一円の誤算であり、正算による前記認容額は一見これを上回っているが、当裁判所は原告が昭和四八年七月以降の賃料及び差額金としてそれぞれ七二二三円及び四〇三二円を請求するのに対して前記の五四一二円及び二二二一円を認容したのであるから、民事訴訟法第一八六条違背の問題を生じるものでないことは言うまでもない。)

第三結論

以上の事実及び判断によれば、原告の被告らに対する本訴請求は前記の限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文を各適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 井筒宏成 西野喜一)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例